大学で学ぶ程度の物性物理を端的明快に説明する物性物理学シリーズ.第2章では,前章で解説した化学結合によって形成される「結晶構造」を解説します.今回はその最終回.これまで解説してきた結晶の一般論を踏まえて,実際の結晶で見られる具体的な結晶構造を扱います.
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面心立方構造(fcc)
配位数
最近接原子数を配位数といい,平面を球で最密すると最近接原子数は6で,直上直下の原子面に各3個の最近接原子があるときが配位数の最大12である.面心立方(face-centered cubic, fcc)結晶の配位数も12である.
最近接原子間距離
格子定数を $a$ とすると $\frac{a}{\sqrt{2}}$ である.
最密充填面
格子の立方体面ではなく主対角線に垂直な面.主対角線両端の点を横切る面,上面の正方形の対角線を含む面,下面の正方形の対角線を含む面である.
対称性
最密充填面を3層毎に繰り返す積層系列になっており,各層は6回軸,積層した層は3回軸となり,主対角線4本分ある.それに加えて立方体各面の法線として4回軸3本と,それに垂直な鏡映面をもつから,点群 $O _ {\text{h}}$ の対称性をもつ.
実際の結晶
$\mathrm{Cu}$,$\mathrm{Ag}$,$\mathrm{Au}$,$\mathrm{Ni}$,$\mathrm{Pd}$,$\mathrm{Pt}$,$\mathrm{Al}$ などはfcc構造により最密充填面同士が転移に伴う限られた領域で滑ることで塑性変形をしやすい.
六方最密構造(hcp)
fccとの違い
六方最密(hexagonal close-packed, hcp)結晶も配位数が12であるが,最密充填面を2層毎に繰り返す積層系列をもつ.
対称性
最小の単位胞が2個の原子を含み,3回軸を1本とそれに垂直な3本の2回軸をもつため点群 $D _ {\text{3h}}$ の対称性をもつ.
実際の結晶
$\mathrm{Zn}$,$\mathrm{Cd}$,$\mathrm{Be}$,$\mathrm{Mg}$,$\mathrm{Re}$,$\mathrm{Ru}$,$\mathrm{Os}$ などがhcp構造である.
体心立方構造(bcc)
有効配位数とfccとの比較
体心立方(body-centered cubic, bcc)結晶は配位数が8だが,最近接格子点とほぼ同じ距離に6個の第2近接格子点があるため波動関数や角度依存性によってはfccより大きな有効配位数を持ち得る.
角度依存性
体心立方構造では $p$ 軌道が立方体の辺方向に伸び第2近接原子との波動関数の重なりを強めるが, $d$ 軌道は辺方向か各面対角線方向に向き原子に局在しているためbccよりfccで強く結合に寄与する.
実際の結晶
アルカリ金属や $\mathrm{Ba}$,$\mathrm{V}$,$\mathrm{Nb}$,$\mathrm{Ta}$,$\mathrm{W}$,$\mathrm{Mo}$,$\mathrm{Cr}$,$\mathrm{Fe}$ などがbcc構造をとる.
ダイヤモンド構造
fccとの比較
各原子が四面体的に最近接原子で囲まれた配位数4の構造で,fcc構造を主対角線方向 $\qty(\frac{a}{4},\frac{a}{4},\frac{a}{4})$ に変位させて重ねたもの.
最近接原子間距離
$\frac{\sqrt{3}}{4}a$ である.
実際の結晶
ダイヤモンドのほかにIV族元素 $\mathrm{Si}$,$\mathrm{Ge}$,$\alpha$-$\mathrm{Sn}$ などがダイヤモンド構造をとる.
閃亜鉛鉱構造
ダイヤモンド構造との違い
ダイヤモンド構造で各fcc構造に異なる元素を配置したものである.
実際の結晶
III-V族元素 $\mathrm{GaAs}$,$\mathrm{GaP}$,$\mathrm{InSb}$ にみられる.
ウルツ鉱構造
構造の名称の由来にもなった $\mathrm{ZnS}$ は各元素のfcc構造から2層毎の積層構造(hcp構造)となるウルツ鉱構造にもなる.ウルツ鉱構造はII-VI族元素 $\mathrm{ZnS}$,$\mathrm{ZnO}$,$\mathrm{ZnSe}$,$\mathrm{ZnTe}$,$\mathrm{CdS}$,$\mathrm{CdSe}$ などにみられる.
多形構造
$\mathrm{SiC}$ など,最密充填面の積層順序が不規則な多形構造をとる場合もある.
イオン結晶構造
bccやfccとの対応
$\mathrm{CsCl}$ 構造はbccの立方体頂点と体心点に異種のイオンを置いた構造, $\mathrm{NaCl}$ 構造は異種のイオンのfccを重ねた構造である.
2構造の比較
マーデルング定数や総結合エネルギーが小さい $\mathrm{CsCl}$ 構造が有利だが, $\frac{r _ {+}}{r _ {-}}<0.732$ で陰イオンが重なるため $\mathrm{NaCl}$ 構造をとるイオンが多い.
$\mathrm{ZnS}$ について
$\frac{r _ {+}}{r _ {-}}<0.414$ では $\mathrm{NaCl}$ 構造でも陰イオン同士が重なるため $\frac{r _ {+}}{r _ {-}}=0.40$ の $\mathrm{ZnS}$ は $\mathrm{NaCl}$ 構造をとれない.実際には結合の共有結合性もあって $\mathrm{NaCl}$ 構造をとらない.
ご意見やご感想をお待ちしています.次回も物性物理学シリーズをお送りしますのでお楽しみに!
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