大学物理

様々なトピックをひとつひとつ数式で

1.2 共有結合

大学で学ぶ程度の物性物理を端的明快に説明する物性物理学シリーズ.第1章は化学結合を解説します.今回は第2回です.前回解説した化学結合のうち,今回は共有結合に焦点を当てて解説していきます.

前回記事はコチラ univ-phys.hateblo.jp

共有結合のエネルギー

ハミルトニアンの表現

結合電子を1個とする2原子分子の共有結合を考える.クーロン相互作用によるポテンシャル項を加えるとハミルトニアンは次のように表せる. $$\mathscr{H}=-\frac{\hbar^{2}}{2m}\laplacian-\frac{Z _ {A}e^{2}}{4\pi\varepsilon _ {0}r _ {A}}-\frac{Z _ {B}e^{2}}{4\pi\varepsilon _ {0}r _ {B}}+\frac{Z _ {A}Z _ {B}e^{2}}{4\pi\varepsilon _ {0}R}$$ ここで

  • $m$: 電子の質量

  • $Z _ {A}$,$Z _ {B}$: 原子 $A$,$B$ の陽子数=原子番号

  • $r _ {A}$,$r _ {B}$: 原子 $A$,$B$ の原子核から電子までの距離

  • $R$: 原子核間の距離

シュレディンガー方程式の近似解

分子軌道のシュレディンガー方程式 $\mathscr{H}\psi=E\psi$ は厳密には解けず,一方の原子に局在する状態の線形結合として近似解 $\psi=c _ {A}\psi _ {A}+c _ {B}\psi _ {B}$ $\qty(c _ {A},c _ {B},\psi _ {A},\psi _ {B}\in\mathbb{R})$ を仮定する.基底状態のエネルギー期待値 $E$ が極小となるように $c _ {A}$,$c _ {B}$ を選べばよい.

エネルギー期待値

$$E=\frac{\int\psi\mathscr{H}\psi\dd[3]{r}}{\int\psi\psi\dd[3]{r}}=\frac{c _ {A}^{2}H _ {AA}+c _ {B}^{2}H _ {BB}+2c _ {A}c _ {B}H _ {AB}}{c _ {A}^{2}+c _ {B}^{2}+2c _ {A}c _ {B}S}$$ ここで $$\begin{aligned} H _ {AA} & :=\int\dd{V}\psi _ {A}\mathscr{H}\psi _ {A} & H _ {BB} & :=\int\dd{V}\psi _ {B}\mathscr{H}\psi _ {B} \ H _ {AB} & :=\int\dd{V}\psi _ {A}\mathscr{H}\psi _ {B} & S & :=\int\dd{V}\psi _ {A}\psi _ {B} \end{aligned}$$

エネルギー期待値の極小化

$\pdv{E}{c _ {A}}=\pdv{E}{c _ {B}}=0$ より $$\begin{aligned} & c _ {A}\qty(H _ {AA}-E)+c _ {B}\qty(H _ {AB}-ES) \\ =\ & c _ {A}\qty(H _ {AB}-ES)+c _ {B}\qty(H _ {BB}-E)=0 \end{aligned}$$ $c _ {A}$ と $c _ {B}$ についての1次方程式であり,解をもつ条件は係数行列式が零となること: $$\qty(H _ {AA}-E)(H _ {BB}-E)-\qty(H _ {AB}-ES)^{2}=0$$

等核分子の場合

等核分子の場合は存在確率が等しい $\qty(\abs{c _ {A}}^{2}=\abs{c _ {B}}^{2})$ から直ちにエネルギーを求められる.1原子エネルギーも等しい $\qty(H _ {AA}=H _ {BB})$ からエネルギー期待値は $E _ {\pm}=\frac{H _ {AA}\pm H _ {AB}}{1\pm S}$ となる.高いエネルギー準位 $E _ {-}$ に対応する波動関数 $\psi=\psi _ {A}-\psi _ {B}$ を反結合軌道,低い準位 $E _ {+}$ に対応する $\psi=\psi _ {A}+\psi _ {B}$ を結合軌道という.

結合軌道と反結合軌道

共有結合とエネルギー

結合分子軌道には2個までの電子が収容され,余剰電子は反結合軌道に入る.結合軌道のエネルギー利得が結合エネルギーであり,反結合軌道に電子が入ると利得が帳消しになり共有結合が生じない.

クーロンポテンシャル

共有結合が生じるのは,余剰電子が生じない=結合前の原子軌道が満たされていない場合に限る.これは,結合性軌道では核間の電子密度が増大してクーロン反発を抑えるが,反結合性軌道では核間電子密度が減少しクーロン力で反発してしまうのだと理解される.

共有結合と方向性

核間電子電荷密度を増大するには波動関数の重なりに有利な軌道を選べばよく,この意味で共有結合は強い方向性をもつ.

ダイヤモンドの結合

混成によるエネルギー利得

ダイヤモンドの共有結合について考えると,$^{6}\mathrm{C}$は $(1s)^{2}(2s)^{2}(2p)^{2}$ の電子配置をもつから,2個の $2p$ 軌道に電子が1個ずつ入っており結合手が2個あるようにみえる.しかしもし4個の軌道を重ねられれば,その方がエネルギー利得が大きい. $2s$ 軌道から電子1個を $2p$ 軌道に励起して4つの軌道 $2s$,$2p _ {x}$,$2p _ {y}$,$2p _ {z}$ の線形結合が最近接原子との重なりを最大化するように $sp^{3}$ 混成軌道を作ればよい.

エネルギーギャップによる絶縁

ダイヤモンド構造では,各原子の $sp^{3}$ 混成4軌道それぞれが隣接原子の1軌道と重なり,結合軌道と反結合軌道を生じる.満たされない1軌道同士が重なって生じた結合軌道と反結合軌道にはエネルギーギャップがあり,結合軌道は2個の電子で完全に満たされて反結合軌道は空になる.低温ではこのギャップを超えて電子を熱的に励起することはできず,電気伝導は起きないため絶縁体となる.

その他の炭素の結合

3軌道のみの混成

$sp^{3}$ 混成軌道のほかには $2s$ 軌道と $2p$ 軌道2個を混成した $sp^{2}$ 混成軌道を作ることもでき,この平面的な $sp^{2}$ 混成軌道に対し垂直方向に残りの $p _ {z}$ 軌道があって隣接原子と $\pi$ 結合を形成する.

グラファイト

グラファイトは $sp^{2}$ 混成軌道による層構造となっており,層同士はファン・デル・ワールス力で結合している.

フラーレン

フラーレン $\mathrm{C} _ {60}$ は $sp^{2}$ 混成軌道により正五角形12個と正六角形20個からなるサッカーボールのような形をしたクラスターで,アルカリ(土類)金属を組み合わせると3次元結晶を構成することもできる.

炭素以外の共有結合

IV族元素

$\mathrm{C}$,$\mathrm{SI}$,$\mathrm{Ge}$,$\alpha$-$\mathrm{Sn}$ は, $sp^{3}$ 混成による結合で結合軌道を完全に満たせる.

V族元素

$\mathrm{P}$,$\mathrm{As}$,$\mathrm{Sb}$ は3個の $p$ 軌道が電子1個の空きをもっており3配位.飽和共有結合を得るため平面層状構造をとる.

VI族元素

$\mathrm{Te}$,$\mathrm{Se}$は2配位であり鎖状構造をとる.

異原子間

窒化ホウ素 $\mathrm{BN}$ は $\mathrm{B}$ : $(2s)^{2}(2p)^{1}$ , $\mathrm{N}$ : $(2s)^{2}(2p)^{3}$ であるから $\mathrm{N}$ の5個と $\mathrm{B}$ の3個の電子を共有する結合でダイヤモンド構造をとれる.


ご意見やご感想をお待ちしています.次回も物性物理学シリーズをお送りしますのでお楽しみに!